松尾神社 青森市松森

国道から山側にのびる藤田組通りから、ちょっと右手に入ったところ、松森と花園の境にあるお社です。
まわりは住宅街です。
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社号標がふたつありました。
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ここでは「村社」という字が消されていません。
先日三戸大神宮の禰宜さんからこの件について伺いましたが、旧社格が廃止になった時に消さねばならなくなったのですが、「おらほの神社は格があるんだぞ」という誇りで村社という字が読める程度に消したのだそうです。
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そういえばこのへんに神社あったな~、とぶらっと寄ったのですが、由来などについて調べて驚き。八戸から蝦夷へ陸路で向かった義経が、野内の貴船神社に寄った後に立ち寄った神社だそうです。
義経は神前に供えるものをなにひとつ持っていなかったので、身に着けていたはばき(脚絆)を脱いで供えたので、ハバキ神社と呼ばれているそうです。
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松尾神社の由来とされている、2本の巨木があります。どんな由来があるのかについては記されていませんでした。
樹齢270年のあかだも。
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こちらも樹齢270年のえぞえのき。幹には蔓草が巻きつき、枝も少なくなっていますが青々と葉を茂らせています。
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あかだもの根本に、燈籠の残骸や石碑が並んでいました。
この辺りから堤川にかけて、堤館があったそうです。
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神殿脇の謎のオブジェ。北海道土産らしいきたきつねの置物も置かれています。なぜ?
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余談ですが、松尾神社について検索した青森市に残る義経伝説をもうひとつ。
貴船神社から松尾神社へ向かう途中、葦の生い茂る原でかぶっていた母衣(ほろ)をとられたが、先を急ぐあまりそのまま通り過ぎた地を後に袰懸(ほろがけ)と呼ぶようになった…わたしの実家があるところではないですか。30年住んでいたけれど、きいたことがない話でした。40年ほど前は一面のたんぼ、今は住宅地です。
(青森市役所HP あおもり今・昔を参考にさせていただきました)

2007.05.31
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by bayabayatto | 2007-07-04 14:31 | 神社 | Comments(4)
Commented by 藤九郎 at 2007-07-04 21:18 x
ここにも義経伝説があったんですね。
松尾神社といえばお酒・・・。それだけでよだれが出てきそうです。
40年前は一面の田んぼ・・・私が住んでいる八戸の昔の田園地帯、30年ほど前はまさに一面の田んぼで舗装道路もない状態でした。
Commented by yurikamome0403 at 2007-07-05 07:05
なんとなく草木の匂いの混じった空気が感じられる写真ですね。

右の方に写っている背の高い棒みたいのは何なのでしょうか?
蔦っぽい葉にうじゃうじゃ覆いつくされているのがスゴい!!
Commented by bayabayatto at 2007-07-05 09:05
藤九郎さん、おはようございます~
青森市の義経伝説、まったく知りませんでした。八戸に越してくるまで、県内では三厩だけだと思ってましたから…。
島根の松尾神社で酒をこさえているんですね、ほほー。
つい最近までは、。どこものどかな眺めだったんでしょうねえ。小学生の頃にあそんだ線路むこうの草っぱら、あっという間に自由が丘やら虹ヶ丘やら洒落た名前の住宅街になってしまいました。
これから40年後はどうなっているんでしょう。
Commented by bayabayatto at 2007-07-05 09:08
yurikamomeさん、おはようございます~
うみねこ記事ではないのに、コメントありがとうございます!!
住宅街の中に、ぽつっとある神社なんですよ。
棒みたいなの…古い木の電柱ではないかと思うのですが、蔓をかきわける勇気がありませんでした~。
実は木製の大鳥居の残骸だったら面白いのですが。
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